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自衛隊イラク派兵差止訴訟(関西訴訟) 大阪高等裁判所          →自衛隊イラク派兵差止訴訟ホームページ
控訴審 ・ 第3回口頭弁論での弁論  ご報告

日時   2007年5月16日(水) 午前10時~11時50分
場所   大阪高等裁判所 第202号法廷
裁判官  中路義彦(裁判長)、礒尾正、久末裕子

第3回口頭弁論も、傍聴席には多くの方々が着席して満員でした。
6名の弁護士が、今回提出した準備書面に沿って弁論を行いました。

←左の画像は、法廷で上映した画面です。

  (1)深刻化するイラク情勢と世界の流れ (梅田章二弁護士)
  
(2)証拠調べと文書提出命令の必要性 (徳井義幸弁護士)
  
(3)控訴人らが受けた被害と思い (上山勤弁護士、成見暁子弁護士)
  
(4)平和的生存権と憲法前文の規範性 (藤木邦顕弁護士)
  (5)司法の使命、裁判官の責務 (辻公雄弁護団長)




(1)深刻化するイラク情勢と世界の流れ

                     弁護士 梅田章二

  今回提出の「準備書面3」に沿って弁論する。
  前回の口頭弁論期日である2月16日以降現在までの間の新たなイラク情勢の展開は、ますます事態が深刻化し、米軍の増派が火に油を注ぐという結果となりつつあることを示している。
  本件訴訟の原告であるハッサン氏は、ヒッラからバクダットに向かう途中何者かに拉致され3週間身柄を拘束された。拘束されている場所で銃撃事件があり、ハッサン氏は、その隙にその場を逃れたが、最早イラク国内にいることは危険であると判断し、現在シリアに逃れているという連絡が、4月24日に、本件原告の西谷氏にメールで連絡が入った。イラクでの深刻な治安状況は本件原告であるハッサン氏まで及んでいるのである。
  日本政府は自衛隊のイラク派兵はイラクの復興支援や人道支援の目的であるとくりかえし弁明しているが、深刻化する事態は、そのような弁明がまったく偽りであることを示すに十分である。

 前回の法廷から僅か3カ月の期間であったが、イラク戦争の今後を決定づける重大な局面の変化が3つあったことを指摘できる。
 第1は、米軍は1月に2万1500人の増派を決定し、2月14日からバクダットを中心に「法の執行作戦」と名付けられる大規模な治安作戦を展開してきたが、バクダット市外ではかえって爆弾事件が増加し、次いで、バクダット市内においても、以前に増して深刻な爆弾事件が多発し、最早手の付けられない混乱状態に至ったということである。
 第2は、アメリカとともに積極的な軍事介入を推進し、多国籍軍の中核を担ってきたイギリスが、一部撤退方針を決めるとともに、ブレア首相がイラク戦争の責任をとって退任を表明したことである。
 第3は、アメリカ議会が、イラク戦争遂行のための軍事予算について、撤退時期を明示し、ブッシュ大統領がそれに拒否権を発動し、予算も決まらないという状態に陥り、議会と大統領がイラクからの撤退をめぐって真っ向から対立するに至ったことである。
 これら局面の変化は、イラク戦争が間違いなく米英軍など占領軍の撤退の方向に向かっていることを示すものであるが、撤退すればそれで済むという問題ではなく、すでにアメリカでは大統領弾劾の動きが始まっているように、違法な戦争によって何十万にもおよぶ市民の生命を奪った責任を問う段階に入ることを示すものである。
 アメリカによる占領継続と増派により、イラクは一層の泥沼化の様相を示している。 この3ヶ月間に新聞記事に現れた主要な死亡事件だけでも次のとおり極めて多数にのぼる。

2月18日
 イラクの首都バグダッド東部のシーア派地区で車2台が爆発、少なくとも62人が死亡、129人が負傷。
2月19日
 首都バグダッドと近郊で米兵への爆弾テロや親米部族の暗殺事件などが相次ぎ、計40人以上が死亡。その他イラクラク各地で米兵2人、市民42人が死亡。
2月26日
 首都バグダッドにある公共事業省庁舎で爆発が起き、少なくとも10人が死亡、約18人が負傷。建物内にいたアブドルマハディ副大統領も病院で検査を受けた。
3月6日
 イラク中部ヒッラで2件の自爆テロが発生。死者は115人、負傷者は200人に達した。首都バグダッド南部でも車爆弾で12人が死亡するなど、各地で巡礼者を標的にしたテロが相次ぎ、全土で計149人が死亡した。
3月7日
 首都バグダッド近郊と中部バラドルズで相次いで爆弾テロ、計52人死亡。
3月10日
 首都バグダッド東部で車1台が爆発し、26人死亡、約40人負傷。外務省付近に迫撃砲弾3発が着弾。
3月11日
 バグダッド中心部カラダ地区で爆発物を仕掛けた車が爆発し、少なくとも32人が死亡、24人が負傷。バグダッド東部サドルシティー近くでも、爆発物を体に巻き付けた男がミニバスの中で自爆し、少なくとも10人が死亡。
3月16日
 イラク西部アンバル県で、塩素ガス爆弾を積んだトラック3台が爆発、住民計8人が死亡、同350人と米兵6人が負傷。
3月19日
 イラク北部キルクークで少なくとも車爆弾3発が30分以内に相次いでさく裂し、15人が死亡、約35人が負傷。
3月23日
 首都バグダッド中心部のモスクで、自爆テロにより、ザウバイ副首相が負傷した。副首相の顧問ら9人が死亡、護衛ら14人が負傷。
3月24日
 首都バグダッド南部ドーラで、トラックが爆発し、警官や市民ら20人以上が死亡、26人が負傷。北部タル・アファルの市場でも、自爆テロで10人以上が死亡、3人が負傷。
3月27日
 イラク北部のタル・アファルでトラック爆弾の連続テロにより死者計80人、負傷者計185人。
 これに対する報復テロによる死者は70人、負傷者約30人、行方不明40人。
3月29日
 イラク中部ハリスで、車4台がほぼ同時に爆発し、計53人が死亡、103人が負傷。首都バグダッド北東部シャアブの市場で、自爆テロにより79人が死亡、約40人が負傷。

 その後も、4月から5月にかけて連日のようにイラクで爆弾事件による死者が相次いでいる。その詳細は「準備書面3」に記載のとおりである。
 5月1日時点での米兵の死者は、3352人に達した。

 この3カ月間で発生した事件の特徴は、以下のとおりである。

 爆弾事件がイラク全土に広がっていること。
これまでは比較的安定していたクルド地域においても爆弾事件が発生し始めていること、
米軍やイラク政府の中枢部が集中し、厳重に警備されていたグリーンゾーン呼ばれているエリアにおいても爆弾事件が発生するようになったこと、
 イラク国民議会の建物内での爆弾事件による議員の死亡や、副大統領や副首相にも危害が及ぶという事態にも至っていること

 これらの特徴を通じて、イラクの治安の悪化の深刻さが明確に示されている。
 かねて、米軍の増派はかえって治安の悪化をもたらすだけになるという予測が大勢であったが、3カ月も経過しないうちに、その予測が的中する事態となっている。

 派遣米兵に現れている激しい戦闘の傷跡も深刻である。
 2007年3月12日、米カリフォルニア大サンフランシスコ校などの研究チームが、イラクとアフガニスタンから帰還した米兵のうち3割が治療の必要な「心の病」と診断されていると、米医師会の専門誌「内科学アーカイブズ」に発表した。同研究チームは、2001年9月~05年9月に退役軍人省の医療施設を受診した約10万人の記録を分析し、約2万6000人が精神疾患と診断された。心的外傷後ストレス障害(PTSD)が最も多く約1万3000人、厳密な精神疾患以外に対人関係の問題なども含めると、全体の31%が精神的治療が必要であると診断されている。
 患者で目立つのは18~24歳の若手で、40歳以上に比べると精神疾患の発症率は47%、PTSDの発症率は72%も高かった。研究者らは「若手は階級が低く、激しい戦闘にさらされやすいため」と指摘している。
 さらに、5月4日、米国防総省は、イラク駐留米兵の「戦場における倫理」に関する調査結果を発表し、モラルや規律の低下が深刻な問題になっていることが判明した。調査は昨年8月と10月、前線の陸軍兵士1320人、海兵隊員447人を対象に行われ、「非戦闘員を侮辱、罵倒(ばとう)したことがある」のは陸軍兵士の30%、海兵隊員の28%に達した。一方、「仲間の兵士が非戦闘員を殺傷した場合、軍に報告する」と答えたのは陸軍兵士の40%、海兵隊員の55%にとどまった。また、拷問について、陸軍兵士の39%、海兵隊員の36%が「武装勢力の情報を得るためなら許されるべきだ」と回答している。
 イラクでの戦闘は、一般市民の生活する空間で闘われており、敵味方の区別が困難な中で、派遣兵士が極度の精神的なストレスに曝されているという状況が、この調査結果によっても理解することができる。


 このような情勢のもと、イラク戦争が、まさに「破局的な終末」に向かっていることは、もはやイラク戦争をすすめてきたアメリカ政府要人の発言からも明らかである。
 アメリカの元国連大使であったホルブルック氏は、5月10日、ワシントン市内で講演し、「イラクの内戦は手に負えないまで広がっている」と述べ、「わが国にとって現在のイラクはすでに米国近代史上、国際的に最悪の状況にある」と指摘し、「ベトナム戦争以上にひどくなるものはないと考えてきたが、イラクはベトナム戦争よりもひどい」と語り、米軍増派による現在の攻勢が成功する可能性はないと言明している。

 また、5月9日、米議会の政府監査院(GAO)は、イラクで治安維持などに当たる多国籍軍の動静に関する調査報告を、下院外交委員会に提出した。これによれば、2003年末に、米国を除いて33か国、計2万4000人を数えた多国籍軍は、現在25か国、1万2600となり、兵員数では半減したことを明らかにした。今後、最大勢力の英国軍の部隊縮小でさらなる縮小は確実であり、イラクからの外国軍隊の撤退は大勢となっている。


2月22日から25日にかけて実施されたワシントン・ポストとABCテレビの世論調査においても、イラク駐留米軍の撤退期限の設定を支持するとの回答は53%に上り、調査開始以来、初めて半数を超えた。期限設定を支持する人のうち、24%が6か月以内の撤退、21%が1年以内の撤退をそれぞれ支持すると答えた。イラクの治安が回復するまで米軍の駐留を続けるべきだとの回答が41%であるのに対して、米軍のさらなる犠牲を避けるため、宗派抗争が継続していても撤退すべきだとする人は56%に上っている。

 撤退を求める世論の高まりを受けて、米下院は3月23日、「遅くとも2008年9月1日までに戦闘部隊は撤収する」という強制条項付きの補正予算案を可決し、次いで、米上院も、3月29日に本会議を開き、「イラク駐留米軍は、2008年3月末を撤退目標とする」という追加条項付きの補正予算案を可決し、上下院の違いを調整する両院協議会が開かれた。それを受けて、米下院は4月25日、イラク駐留米軍の撤収を10月1日までに開始し、来年3月末までに戦闘部隊の撤収を完了するとの条項を盛り込んだ総額1240億ドル(約14兆8500億円)の補正予算案を、218対208の賛成多数で可決した。そして、米上院本会議も、26日、同内容の補正予算案を、51対46の賛成多数で可決した。イラク駐留米軍の撤退期限を盛り込み、一本化された法案が初めて議会を通過した。
そして、皮肉にもブッシュ大統領がイラクにおける「主要な戦闘の終了」を宣言した演説からちょうど4周年にあたる5月1日に、法案がブッシュ大統領に送付されたのである。ブッシュ大統領は、合衆国憲法第1条第7節に基づき、直ちに拒否権を行使した。
大統領の拒否権を覆すためには、上下両院の3分の2以上の再議決が必要となるが、現在の議席状況では、そのような再議決は不可能であり、予算案は廃案とならざるを得ず、そうなれば、大統領と議会の対立によって、補正予算を組むことができないという異常な事態が出現しているのである。議会では上院下院ともに可決したにも関わらず、その執行が行政府によって拒否されるという事態は、議員内閣制をとるわが国では考えられないところである。

 他方、議員内閣制をとるイギリスにおいてはどうか。
 ブレア首相は2007年2月21日、イラクに派兵しているイギリス兵約7100人を秋までに5000人未満に削減するという撤退方針を明らかにし、そして、5月10日に6月27日をもって首相を辞任するという意思を表明した。
 イラクでの戦争政策の失敗と早期撤退を求める国内世論に抗しきれずに辞任という形となったのである。
 ブレア氏は、「I may have been wrong, that’your call. But believe one thing, if nothing else I did what I thought was right for our country.」(私は間違っていたかもしれないが、国のために正しいと思ったことをした)と述べたと報道されている。
 他方、ブレア氏の後任首相に指名されているブラウン財務相は、首相への出馬声明のなかで、ブレア政権でのイラク政策が誤っていたことを認める発言をしている。

 このような情勢のなかで、米英などの占領軍のイラクからの撤退は、早晩実現されるという見通しになってきたが、それはイラクでの治安の回復と復興を直ちに意味するものではない。
 ホルブルック氏の言うように、「イラクの内戦は手に負えないまで広がっている」、「現在のイラクはすでに米国近代史上、国際的に最悪の状況にある」、「イラクはベトナム戦争よりもひどい」という状況の中で、イラクを徹底的に破壊し、何十万人の命を奪い、何百万人の家を奪った戦争犯罪者が、武力行使の限界に行き詰まって、イラク占領をただ単に放棄するだけのことである。

 他方、日本政府の動向は、世界の流れとは全く逆にすすんでいる。
 日本政府は3月30日の閣議で、7月31日に期限切れになるイラク復興支援特別措置法を2年間延長する改正案を決定し、同日に衆院に提出した。4月24日衆院本会議で趣旨説明と質疑が行われ、審議入りしていたが、5月14日、衆院イラク特別委員会で可決した。
 イラク特措法は4年間の時限立法であったが、延長法案が可決されれば、さらに2年間、航空自衛隊の派遣が可能となる。
 イラクへの空輸活動のために現在派遣されているのは、空自隊員約200人とC130輸送機3機で、クウェートを拠点にバグダッドなどの各空港に米軍や国連職員の物資などを輸送しているとされているが、この間のイラク特措法をめぐる委員会審議のなかで、本年1月から3月の間の航空自衛隊の空輸実績を輸送物資の重量でみた場合、9割以上が米軍中心の多国籍軍支援になることが明らかになっている。国連支援と多国籍軍支援の合計が約21トンで、このうち国連支援が1.4トンにすぎず、国連支援を除く多国籍軍支援(つまり米英軍支援)が、93%に達しているのである。

 2007年2月から始まった「法の執行作戦」のために、ブッシュ政権は米軍を増派したが、それに合わせて空自の活動がいっそう多国籍軍支援中心になっているのである。
 「航空自衛隊の派遣は “人道復興支援目的” である」 という説明は完全に虚偽であり、実態は「米軍の安全確保支援活動」であることがはっきりしたと言える。

 また、イラク特措法に基づく、自衛隊派遣の経費が昨年12月末時点で約854億円だったことも明らかになっている。






 米国以外の多国籍軍の参加がほぼ半減し、イギリスのブレア首相の退任、撤退時期をめぐる議会と大統領の分裂など、大局的には撤退の方向にある中で、粛々と米軍支援を継続するという異常な事態が進行しているのが今日の日本の姿である。その最大の原因は、イラクで自衛隊が何をしているのかが国民に示されていないことである。情報公開請求に応じて出されたほとんど黒塗りの資料は、まさに、それを象徴するものである。

 原判決は、「間接民主制の下における政策批判や原告らの見解の正当性を広めるための活動等によって回復されるべきものである」と述べているが、間接民主制が真に機能するための大前提は、国民の知る権利が保障されることであり、何よりも、真実が公開されることである。

  日本国民が、「イラクで闘っているのは米英軍であり、日本の航空自衛隊は人道復興支援の活動をしているのであって戦闘とは無関係である」と考えて自衛隊の活動の継続を承認しているとすれば、重大である。航空自衛隊の活動が黒塗りのままで、そのような判断を下すことは不可能なはずである。

 以上のとおり、新聞記事やインターネットを通して知りうる範囲での事実関係を前提として述べてきたが、おそらく事態はさらにもっと深刻だと推測される。

 本件訴訟において、被告国は事実関係の認否を一切拒否してきたが、事実こそ裁判の基本であり、その部分が黒塗りのまま裁判が進行されることは、あってはならないことであると考える次第である。



(2)証拠調べと文書提出命令の必要性
                     弁護士 徳井義幸

 今回提出の「準備書面4」に沿って弁論する。
 国は、証人・控訴人・文書提出命令のいずれについても、証拠調べの必要性がないと主張する。その理由として、「自衛隊のイラク派遣等により控訴人らの具体的権利が侵害されることはあり得ず、本件差止請求及び損害賠償請求は、いずれも主張自体失当であることも第一審が判断するとおり」であると主張する。
  しかし、第一審判決は、そのようなことは言っていない。
  第一審判決は、差止請求及び損害賠償請求の根拠として、平和的生存権は具体的権利ではないとして否定したものの、少なくとも人格権に基づく請求については、適法性を明白に認めた。そのうえで人格権侵害の有無を証拠に基づき検討したうえで、これを否定したのである。
  すなわち第一審判決は、国側がいうような「主張自体失当」という門前払いをしたのではない。
 被控訴人である国は、この点で第一審判決を曲解している。
 国側の論理は、「控訴人らの具体的権利ないし利益が侵害されたという事実」が明らかになることをおそれるとともに、イラクの航空自衛隊の実態解明を阻もうとする意図から、意図的に第一審判決を曲解したものである。


 国側は、公開の法廷において、自衛隊イラク派兵の実態が文書提出命令や証人調べによって明らかになることを恐れている。
 政府の従来基準に照らしても、もはや現状の航空自衛隊の実態は、「米軍の武力行使と一体化した集団的自衛権の行使」であり、「人道復興支援」など全くのごまかしである。そのことが、証拠調べによって明らかになることを恐れているにすぎない。
 しかも、国連憲章違反・国際人道法違反の米英によるイラク戦争と占領に専守防衛の軍隊であるはずの自衛隊が軍事的に加担しているという、二重の意味での憲法9条違反の実態が明白になることを恐れ、これを隠蔽しようとするものである。
 文書提出命令によって証明しようとする事実の中心点の一つは、航空自衛隊のC-130H輸送機3機による輸送業務が、米軍を中心とした多国籍軍の武力行使と一体化している事実である。また、陸自はイラク・サマワで給水活動等を実施していたが、この給水活動には、多国籍軍への給水活動等も含まれており、これも多国籍軍の武力行使と一体化している事実である。

 空自の輸送業務は、平和的な「人道復興支援」ではなく、武装した多国籍軍兵士の輸送等を含んでいる。しかも、輸送先は「戦闘地域」に該当する。これらは従前から明らかにしたところである。このような輸送業務は、明らかに他国の武力行使と一体化した活動である。
 従前の政府解釈をもってしても、このような輸送業務は違憲である。
 すなわち、政府自身が他国の武力行使との一体化の判断基準として、①戦闘行為が行われまたは行われようとしている地点との地理的関係、②こちら側の具体的な行為の内容、③武力行使を行っている者との関係の緊密性、④協力しようとする相手の活動の現況を総合的に勘案して判断するとしているのである(第136国会平成8年5月21日参議院内閣委員会大森内閣法制局長官)。
 航空自衛隊が輸送している物資や人員の内容、輸送先、米軍を中心とする多国籍軍の軍事行動との関係を解明することは、本件の最大の争点である(国側は、これを争点にしたくないのであろう)。文書提出命令や証人尋問による証拠調べの必要性は明白である。
 この間、衆議院イラク特別委員会での審議を通じて、本年1月より3月の間の空自の輸送業務のうち、輸送重量で見れば93%が多国籍軍支援で、国連支援は7%にしか過ぎないことが判明した。輸送回数で見ても、多国籍軍支援は86%で、国連支援は14%にしか過ぎない事実も明らかになった。
 この点の実態解明の必要性は、社会的にはもちろん訴訟上も益々高まっていると言うべきである。


 さらに、第一審判決は、イラク人控訴人ハッサンの生命・身体に対する危険については、米英による戦闘行為によって生じたものであると判示し、自衛隊派遣との因果関係を否定した。
 しかし、アメリカによる戦闘行為を、日本国は政治的に支持する表明を繰り返したうえ、武装兵の輸送というアメリカの戦闘行為に不可欠な行為を自衛隊が担っているのであるから、ハッサンへの危険と自衛隊派遣との間に一般的・抽象的因果関係が存在することは明白である。
  現に、米中央軍ギャリー・ノース長官は、「航空機動力のおかげで戦闘指揮官は必要なものを必要なときに必要な場所に手にすることができる」と述べ、それは日本の航空自衛隊の輸送業務のおかげであるとして、空自の輸送業務が米軍の戦闘行動の効率的実施を支えていることを認めているのである。
  ハッサン氏の生命・身体の危険と、米軍の戦闘行為、また米軍の戦闘行為とそれに不可欠な準備行為としての武装米兵や占領軍の武器・弾薬の輸送という因果の具体的経路は、正に空自の輸送業務の実態解明なくして明らかにできない。
 空自の輸送業務の実態解明の必要性は顕著であると言わなければならない。


 国側は、われわれが求める文書提出命令に対して、「公務秘密文書」に該当するから提出義務がないと反論している。
  しかし、「公務秘密文書」と言い得るためには、行政庁が秘密文書扱いをしているという意味の「形式秘」ではなく、秘密として実質的に保護に値する事項、すなわち「実質秘」である必要がある。これは最高裁判例も認めているところである(最高裁昭和53.5.31)。当該事項の「非公知性」及び「秘匿の相当性」という2つの要件が必要とされている。
 本件についてみると、国側は全く抽象的に「国の安全を害するおそれ」あるいは「国際機関との信頼が損なわれるおそれ」があるとするのみで、秘匿の相当性を裏付ける何らの具体的理由を挙げていない。このような抽象的・観念的な文言のみを挙げさえすれば文書提出義務が免除されるとすれば、公文書は当該行政庁が形式的に秘密であると主張するだけで提出義務が免除されるに等しいことになる。これでは、公務文書についても提出命令を命じ得ると定める民事訴訟法の趣旨が完全に没却されることになることが明らかである。
  文書提出命令に関する民訴法223条4項は、監督官庁が反対の意見を述べたときでも、裁判所が文書提出を命ずることができると規定している。適切な権限行使が求められる。
  さらに、米空軍と米中央軍のホームページでは「航空作戦の概容」が公表されており、日本の航空自衛隊が2007年4月13日から5月8日まで空輸作戦を実施したことが明記されている。 米軍が世界に向けて公表していることが、何故に「公務秘密」に当たるというのか。国側の主張は、日本国民を愚弄するものである。


  PKO派遣に始まる自衛隊の海外活動の拡大の歴史。それは、米軍の軍事行動への「従犯(手助け)」から「共同正犯」への道。すなわち、集団的自衛権の公然たる行使と9条改憲への道である。
まさに、本件のイラク戦争と占領に対する自衛隊の軍事的加担に見られるように、日本の自衛と無縁の米軍の軍事行動に付き従って、「海外で戦争する国」への道への歴史である。
  本件では、これに裁判所が憲法的観点・立憲主義・司法の番人としての観点から歯止めをかけ得るか否かが問われているのである。
  イラクへの自衛隊の派兵は、イラク戦争とそれに引き続く占領、これに伴うイラク国内における戦闘状態の下に、すわなち①戦後初めていわゆる戦地に陸上自衛隊が派兵された点、②派兵された陸上自衛隊は従前の海外への携行武器であった小銃・機関銃という自衛のための武器として説明し得る領域を超えた重装備で派兵されており、客観的には武力行使目的の実態を備えている点、③武装した米兵やその戦闘行為に不可欠な物資を戦地内に輸送して米軍の武力行使と一体化している点、④しかもその米軍の武力行使は明らかに国際法違反である点等のいずれの点から見ても、9条を踏み越えた違憲行為なのである。
 このような、従前の政府解釈を基準としてさえ、違憲性の明白な行為、そしてその実態解明に不可欠な文書提出命令や関係証人の採用なくして、裁判所が憲法の番人であり続けることは不可能であると考える。
  改めて、イラク派兵の違憲性の司法的究明のため、文書提出命令を中心として採用を強く求めるものである。







(3)控訴人らが受けた被害と思い

                  弁護士 上山勤・成見暁子

  今回提出の「準備書面5」に沿って弁論する。
 本件において控訴人らは、違憲確認請求、差し止め請求、国家賠償の根拠として平和的生存権、幸福追求権および納税者基本権、人格権を主張してきた。
 これに対して第一審は、平和的生存権、幸福追求権、納税者基本権は、「いずれも法律上保護された具体的権利ではない」として、人格権のみが差し止めおよび国家賠償請求の根拠として適法であるとした。
 本件において平和的生存権の権利性は訴訟の根幹をなす争点であり、かつ本件提訴に至ったイラク戦争の問題は、従来平和的生存権が争われた事件と様相を異にする明白な違憲・違法性がある。
  以下、この点について詳細に述べる。

控訴人らのなかには、戦争を体験した者もいれば、まったくそのような経験のない若い当事者もいる。それぞれに提訴に至った理由は異なるが、いずれも「二度と戦争をしてはならない」という、駆られるような思い提訴したものである。
 ここでは、このような控訴人らの思いが、①決して抽象的な漠然としたものではないこと、②具体的な根拠を有する人格の発露であって、法的な保護に値する権利=平和的生存権もしくは法的利益であること、を明らかにする。
 各自の人格が備えている具象的な形態が異なるため、以下ではある程度の群にわけてそれぞれの被害を考察し、最後に全体をまとめて述べる事とする。

(1)戦争経験のある者
 まず、戦争体験のある当事者46名にとってイラク戦争・自衛隊の参加の持つ意味を検討する。
 イラク戦争は「自分の国の軍隊が参加する戦争」であり、日々報道される戦争の惨状に接することによって実際に肉体的・心理的に直接の影響を受けた人たちがいる。
 弁護団がアンケートを行ったところ、イラク戦争の報道をみた控訴人から次のような声が寄せられた。
 ・『空襲下で黒焦げになった多くの人とバラバラに飛び散って亡くなった人を昨日のことのように思い出し、みずからの空襲から逃れた体験の後は入眠の困難・睡眠維持の困難があったとし、現在も折にふれて戦争の記憶が蘇ってくる』、『落とされる爆弾の着地点で猛烈な火煙が上がるのを見ると、私は、かって、その下にいたことがある者として、今その中でいる多くの人たち、子ども達の恐怖を思って、足が震えてきます。テレビの前で、思わず、「逃げて、逃げて」と叫んでしまいます。』
 ・B29に爆撃された経験から『イラクの爆弾で死傷する子どもたちの姿が自分の体験に重なる』、爆撃をされた『体験後は夢を見る、特に夏にはしょっちゅう戦時下の自分を夢に見る。現在でも雷の音や光に敏感で、特に音に対しては敏感である。これは戦後60年たっても変わらない』(小山ヤエコ)
 ・『イラク報道のあった夜はいても立っても居られない思いから眠られません』、『戦時中の夢を良く見るし、入眠の困難・維持の困難、刺激に反応しやすく怒りが爆発しやすいこと、過剰な驚愕反応があることを認め、60年たっても戦争に関するテレビや本に接した時に体験を思い出す』
 ・『当時の状況は他人に話したくないと思い、花火の音などは心臓に応えるので50年経っても拒否したい気持ちがあること、入眠困難・睡眠維持の困難、過度の警戒心、過剰な驚愕反応がある』

 これらの者には、次のような特徴がある。つまり、
 戦争一般に対する不安や苛立ちではない、ということ。
①具体的な、2003年3月に始まり、翌年日本の国からもこれに参戦をしたイラク戦争についての思いである。
②単に戦争への反発とか、反対の思いという次元を超えて、自身の体験が生々しく蘇ったり、克明に思い出されたりし、心身の不調をきたしたりする場合が認められること。
 それは、二度と同じ思いをしたくないからである。彼ら彼女らにとってイラク戦争は決して6000キロ離れた遠い国の出来事ではない。現に日本人が現地で銃殺されたり、首を切られて殺されたり、人質に取られたりしていること、犯人がいずれも日本人と承知で犯行を行い日本の自衛隊のイラクからの撤退を要求するなどしていたことは広く報道されている公知の事実である。具体的に同じ同胞としての日本人が犠牲になっているイラク戦争なのである。この戦争に反対している。人が殺され、無残に死体が転がる情景は想像上のものではなく、各自の体験に根ざした記憶であり、戦争経験のない者のそれとは明確に異なった、特有の根拠に根ざした不安と焦燥なのである。
③その症状は、PTSDとでも言うべき状態であること。
イラク戦争に従事した米兵の多くがPTSDなどの心身の疾患に罹患していると伝えられている。カリフォルニア大学の医療チームの研究によれば米退役軍人省の医療施設で治療を受けた、イラクやアフガニスタンからの帰還兵約10万名のうち、1/4がPTSDなどの精神的障害の治療を受けていることが明らかとなった、とされている。そして、30年以上も昔の体験であるベトナム戦争への従軍兵の中にも、イラク戦争の開始とともに再び体調を崩し、PTSDとしてハンディキャップエイド(日本で言えば傷痍軍人年金)を受給申請する者が増えていることは甲G4号証のとおりである。これらの事情からすれば、弁護団が当事者に対して行ったアンケートの結果が示している事態は、決して無視することのできない、同じ脈絡を有した社会事象として考えられるべきである。
 上記の控訴人らは、イラク戦争とそこへの自衛隊の加担は自分達が辛酸をなめて乗り越えたはずの体験が再び繰り返されることへの恐れを現実に抱き心身の不調をきたすのであって、それぞれが具体的な懸念なのである。
 第一審判決は、このような当事者をも含めて、「被害は認められるもののなお抽象的である」とした。しかし、前記のような具体的な被害をわざと見ない姿勢であって容認できない。
 アンケート対象以外の戦争経験者も、すでに提出済みの陳述書や第一審の原告本人尋問で、「戦争は人ごとではない」という切実な思いを訴えている。
 ある者は、自身が戦闘に参加して、殺し合いのおぞましさと無意味さを身にしみて感じた。あるいは、シベリアに抑留された体験を忘れることができず、イラクへの自衛隊派兵という戦争報道に接することでその体験を思い返さしている。このような直接の体験をした者は一様にそれを忘れることのできないもの、と言う。これらの者にとって、イラクでの惨状は自分が体験したことの繰り返しであり、自衛隊が現地に行くことは、自分の子や孫あるいは同胞が、かつてと同じ徹を踏む可能性が生じたものとして受け止められ苦しいのである。

(2)空襲や被爆を経験した者の思い
 実際に戦闘に参加をしなくても、空襲を経験し、機銃掃射を浴び、焼夷弾の雨の中を逃げ惑ったり、原爆の被害を体験した者、疎開先での辛酸をなめた経験などもまた、深く深くその体験が自分の中に刻まれている人たちがいる。それらは同じく忘れられない傷として彼や彼女の体に刻まれているのである。

具体的には、
 終戦によって生きていることの喜びを感じると同時に沖縄や広島、特攻で死んでいった人達に申し訳ないと感じた控訴人は『イラクの人達が何十万人と死んでいます。私たちが味わった以上の戦争の苦しみを受けている事、特に幼い子どもの様子には胸がつぶれる思いです。』という。
 また、多くの控訴人が、『現在、イラク戦争で傷つき、命を奪われているイラクの子どもたちの「恐怖」に、小さかった自分の「恐怖」が重なってたまらなくなります』とか、『自分の子供時代の戦時下と重ねて居ります。』と訴えている。
 さらに『仁徳天皇陵のある大仙公園まで母に背負われて逃げたことなどを明確に記憶しているが、家の傍を流れる土居川にたくさんの死体があった光景も覚えていること、イラクの子供たちや市民のことを考えると(自分の当時のことと重なって)胸が痛い』と訴える控訴人もいる。
 大阪大空襲で家を焼かれ、広島に移り住んで被爆した控訴人・木村民子は、『大阪大空襲、広島での原爆の事は今思い出しても、とてもつらく一生忘れることが出来ません、イラク戦争の映像を見たりすると自分の過去を思い出し日本もあの「イラク」の映像のとおりだった』といって訴訟に参加している。
 ある控訴人は終戦時に小学校1年生であり、長兄は中国で銃弾を受け広島の陸軍病院で療養中のところ被爆、二番目の兄はフイリピンのルソン島で捕虜になったが、兄達は戦争の悲惨な体験をほとんど口にしなかったが、田舎の土の下から、『お前らは、また戦争を始めるのかと怒っていると思う』と述べている。




(3)これらの者にとっての「平和的生存権」
 以上の者たちの心痛は、容易に余人の憶測を許さないものである。それぞれが述べる苦しみは結局のところ各自が自分で乗り越えなければならなかったし、実際の所、乗り越えられずにそのまま傷として抱え込んで生きてきた者が多いのである。
 戦後、社会の仕組が変わり、赤紙も来なければ原爆も落ちない、爆弾や焼夷弾に追いかけられることもない、やっとそのような社会になったはずであった。だからこそ、これからの余生を平和な時間の中で生きていけると安堵したのである。ところが持たないはずの軍隊が創られ、あまつさえ、外国の地=イラクに陸軍が赴く、空軍が米兵を輸送しているという事態は彼らにとって単に『嫌だ』という世界ではないのである。
 それは、再び裏切られるのかという絶望にも似た思いであり、同じことが自分の子や孫の頭上に繰り返されてはならない、自分でできることはありきらなければという必死の思いなのである。

 以上のとおり、戦争に起因する厳しい生活を体験した彼らは、やっと手にしたはずの「平和のうちに生きる権利」を現実的に侵害された者である。
 控訴人らの空襲や飢餓生活下での記憶は、決して抽象的ではなく、焼夷弾爆撃により街中が燃えさかる中を逃げまどった体験によるものであり、火災で焼かれ真っ黒になって路傍に放置された遺体や、川に浮かんだまま流されていった沢山の遺体の目撃記憶であり、米戦闘機により機銃攻撃を受け恐怖に震えながら逃げ回った体験である。あるいは学徒動員で勉学の機会も奪われ軍需物資生産のため苛酷な長時間労働に苦しんだ体験であり、親族や友人を戦争で失った悲しみの体験であり、食べるものもなく、ひもじい毎日を過ごした体験であり、また、集団疎開などで両親や家族と引き離され田舎で暮らすことになった幼い頃の悲しい思い出である。


 控訴人らが、政府による自衛隊イラク派兵差し止めの提訴に及んだのは、単に政府の施策と意見を異にするとの理由によるものではない。戦争の悲惨さを身をもって知る彼らは、戦後の日本がいずれの戦争にも参加せず、いずれの戦争にも巻き込まれず、すべての日本人が戦争によって殺すことなく、殺されることなく平穏な日常を享受することできることの大切さを痛切に実感してきた。このように平和な日常を享受することができてきたのは、日本国憲法において控訴人らひとりひとりに平和のうちに生きる権利(=平和的生存権)が保障されてきたからに他ならない。
 平和のうちに生存する権利は、まさに具体的に犯されたのである。このような事態を自分達に引き起こさせる政府の行為によって自分達平和的生存権が侵害され精神的苦痛を蒙ったがために、派兵の差止と損害賠償を求めて提訴したのであった。

(4)戦争体験のない者も、平和的生存権を侵害されている
 上記のほか、教育者として戦後の平和教育に携わってきた者、障害を持つ者、職業的にテロに遭う危険に直面させられている者らが、切実な思いをもって本件訴訟の当事者として提訴に加わった。彼らが平和的生存権を侵害されている具体的な事情についても、「準備書面5」で詳細に述べたとおりである。
 また、控訴人でありジャーナリストの西谷文和氏も、自衛隊派兵によってイラク国内での取材活動を安全に行うことができなくなっている点で、平和的生存権を具体的に侵害されている。そのうえ、日本政府がイラクへの入国を妨害するという、移動の自由を直接に侵害する行為を行ったうえ、取材を不可能にするという点で取材の自由・言論表現の自由をも直接に侵害している点は重大である。これらについても、「準備書面5」で詳細に述べたとおりである。





(4)平和的生存権と憲法前文の規範性
                     弁護士 藤木邦顕

  引き続き、今回提出の「準備書面5」に沿って弁論する。
  第一審判決は、三つの根拠をもって平和的生存権の主張を排斥した。
  第一には、平和の概念は抽象的であって平和の実現手段も多様であること、
  第二には、平和的生存権がかかれている憲法前文は裁判規範性がないこと、
  第三には、平和的生存権で主張されている権利は憲法第三章で保障されている在来の人権で処理できるので、あえて平和的生存権と新しい人権を主張する必要がないというものである。

  これらは、従来の判例でよく用いられてきた論理である。
  しかし、イラク戦争と現に進行している自衛隊のイラクでの活動は、従来の憲法9条・平和的生存権をめぐる訴訟と全く異なった事態であって、これまでの平和的生存権をめぐる事件と同様には論じられない。
  この点を、以下に述べる。
  まず、平和的生存権をめぐる過去の裁判例について述べる。



第一 従来の判決例と本件訴訟は、どこが違うのか
(1)恵庭事件

 1962年12月に、北海道千歳郡恵庭町にある陸上自衛隊の演習場近くの酪農業を営む兄弟が牧場付近での爆音、大砲の発射音によって乳牛の早産や流産、乳量の減少に悩まされて、演習本部と射撃陣地の通信回線を数カ所にわたって切断し、自衛隊法121条に規定する防衛供用物件の損壊罪に問われた。被告人となった兄弟は自衛隊が憲法違反であることを主張した。
 1967年3月29日の札幌地裁判決は、自衛隊法121条の防衛供用物件とは、武器・弾薬・航空機などと同列に評価しうる程度の密接かつ高度な類似性の認められる物件をさすとして、構成要件該当性の点で兄弟に無罪を言い渡した。しかし、自衛隊法121条を含む自衛隊法および自衛隊の合憲性については、刑事事件の主文に直接かつ絶対に必要な場合のみ立法その他の国家行為の憲法適否に関する審査決定をなすべきであるとして判断しなかった。検察側が控訴せずに無罪判決が確定した。


(2)長沼事件
 1969年7月、北海道夕張郡長沼町の林野について、保安林指定解除処分がなされた。これは、地対空ミサイル・ナイキJ基地の建設のための処分であった。
 同基地建設にこれに反対する地元住民173人が、保安林解除指定処分の取消を求めて提訴し、執行停止の申立も行った。
 札幌地裁の福島重雄裁判長は、憲法学者・国際法学者・軍事専門家や自衛隊幹部の証人尋問をふまえて、1973年9月7日、自衛隊は憲法に違反し、保安林指定の解除は公益上の必要を欠くので取消を免れないと判決した(札幌地裁昭和48年9月7日判決)。
 この事件の判決では、原告らの主張した平和的生存権が「訴えの利益」を認める根拠として援用され、保安林指定の目的も森林法を憲法の中に位置づけて、地域住民の平和のうちに生存する権利すなわち平和的生存権を保護しようとしているものと解するのが正当であるとされた。そして、平和的生存権をその核心部分において承認し、問題となったミサイル基地は、「一朝有事の際にはまず相手国からの攻撃の第一目標になるものと認められるから、原告らの平和的生存権は侵害される危険があると言わなければならない。しかも、このような侵害は、いったん事が起きてからではその救済が無意味に帰するか、あるいは著しく困難となることもまたいうまでもないから、この点からも原告らには本件保安林指定の解除処分の瑕疵を争い、その取り消しを求める法律上の利益がある。」と判示した。


 ところが、その控訴審では原告は敗訴した。
 1976年8月5日、同札幌高裁は、農林大臣の控訴によって原判決取消、原告らの訴え却下という主文で地裁判決を覆した。しかし、その大きな理由は、問題の保安林の果たしてきた水源涵養機能や洪水調節機能が用水路補強や堰堤設置といった代替施設によって確保されるため、原告ら住民に保安林指定解除処分を争う具体的な利益がなくなったとする点にある。そのため、平和的生存権や九条問題については、実質判断に踏み込まず、とくに憲法九条と自衛隊については統治行為であって、一見明白に違憲違法と認められるものでないかぎり司法審査の対象ではないとした(札幌高裁昭和51年8月5日判決 判例時報821号21頁)。

 高裁判決に対して、住民らが上告したが、最高裁は1982年9月9日、札幌高裁の判断を支持し、住民らの訴えの利益は、保安林指定解除処分に基づく立木竹の伐採にともなう利水機能の低下の影響を直接に受ける点において、保安林の存在による洪水や渇水防止上の利益を侵害されているところにあるので、代替施設の建設によって洪水・渇水の危険が解消され、その防止上からは保安林の存続の必要性がなくなったと認められるときには、訴えの利益は失われると判断した。平和的生存権に関する札幌高裁の判断については、原判決の結論に影響のない点についての判示の不当をいうものにすぎないとして直接の判断を避けている(最高裁昭和52年9月9日判決 民集36巻9号1679頁)。


(3)百里基地事件
 1956年5月、防衛庁は茨城県小川町百里原に航空自衛隊基地を建設するため用地買収を始めた。ある農民(原告)が、基地建設に反対する別の者(被告)に自分の農地を売る契約を結び、その旨の仮登記を行った。
 ところが、代金支払時期をめぐって売主と買主が対立し、売主は契約を解除し、その農地を防衛庁に売ってしまった。
 そして売主および防衛庁は、買主に対して登記抹消を求めて提訴し、逆に売主側も所有権確認を求めて提訴(反訴)した。買主側は、防衛庁への売買契約は、違憲な自衛隊基地の建設のための契約であるから公序良俗に反すると主張した。
 1977年2月17日、水戸地裁は、契約解除は有効であると判断するとともに、憲法9条は国家統治体制の指標を定めた規範であり、私法上の契約の効力を直接に規律するものではないとした。
 つまり訴訟で問題となった売買契約と憲法9条との関係は問わなかったのである。その論旨における平和的生存権の位置付けは、いわば傍論中の傍論の扱いであって、「憲法前文第2弾にいう『平和の内に生存する権利』はその内容が抽象的なものであって、具体的、個別的に定立されたところの裁判規範とは認めることはできないから、これを根拠として平和的生存権なる権利を認めることはできない。」とふれたのみであった。(水戸地裁昭和52年2月17日判例時報842号22頁)


 その控訴審である東京高裁判決(1981年7月7日)は、売買代金支払時期は原告の主張する仮登記完了時であって、権利濫用や信義則違反などの主張は成立しないとした。この基本的判断の枠組みのなかであるが、憲法九条と私法行為の関係については、私人間の法律行為が現実に民法90条にいう公序良俗に違反すると言いうるためには、その「人権侵害が侵害の主体や侵害される人権の種類、性質、侵害の程度など当該事案の特質から見て社会の存立、発展を脅かす反社会的な行為であり、しかも、そのことが単に一党一派の信念や倫理観に反するというだけでは足りず、その時代の社会一般の認識として確立されていて、当事者の意思に反してかかる法律行為の効力を否認することが当然であると一般に容認されるようなものでなければならない。9条の平和主義については、相容れない世界観やイデオロギーの対立があり、国民の間に客観的一義的な意思の醸成されることを望むのは不可能に近いので、本件行為が憲法9条に反するが故に公序良俗に反するとは言えない」とした。
 平和的生存権については、個々の国民が国に対して戦争や戦争準備行為の中止などの具体的措置を請求しうるそれ自体独立の権利であるとか、具体的訴訟における違法性の判断基準になりうるものではないとしながら、「それを独立の権利と呼ぶかどうかは別としても、あらゆる基本的人権の根底に存在する最も基礎的な条件であって、憲法の基本原理である基本的人権尊重主義の徹底化を帰するためには、『平和的生存権』が現実の社会生活のうえにも実現されなければならないことは明らかであろう。」とする(東京高裁昭和56年7月7日判決 判例時報1004号3頁)。 
  原告からの上告に対し最高裁は1989年6月20日判決して上告を棄却した。
  その基本的な判断は、憲法9条は私法上の行為を直接に規律することを目的とした規定ではないということにあり、「国が行政の主体ではなく、私人と同様の立場に立って私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯および内容において実質的に見て公権力の発動たる行為と何ら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法9条の直接適用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎないものと解するのが相当である。」と判示した。
  また、平和的生存権については、その存否を直接に判断したのではなく、「上告人が平和主義ないし平和的な生存権として主張する平和とは理念ないし目的としての抽象的概念であるから、憲法9条を離れてこれとは別に民法90条にいう『公の秩序』の内容の一部を形成することはなく、したがって私法上の行為の効力の判断基準とはならないというべきである。」と述べたのであって、もっぱら憲法九条が私法上の行為の判断基準とはならないことに判断の中心がある。(最高裁平成元年6月20日判決 民集43巻6号385頁)


(4)沖縄県知事職務執行命令訴訟
 1995年5月、沖縄県の米軍用地の地主が土地調書への署名を拒否したことから、米軍用地特別措置法に基づいて市町村長や沖縄県知事に代理署名を求めたがいずれも拒否されたので、職務執行命令訴訟が提起された。
 福岡高裁那覇支部は、1996年3月25日に実体審理をほとんど行うことなく、県知事に代理署名を命じる判決をした。
 平和的生存権については、以下のような判断をしている。「憲法前文にいう『平和のうちに生存する権利』がすべての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる理念的基底的権利であること明らかである。しかしながら、『平和のうちに生存する権利』の「平和」とは理念ないし目的としての抽象概念であって、右『平和のうちに生存する権利』もう一つの基本原理である国民主権の下に、国民の負託を受けた国会ないし内閣が憲法前文ないし9条の理念を尊重して、その政治責任において行う諸施策によって具体的に実現されていくものであり、その抽象性を免れない。そのことは、右権利を憲法13条の生命、自由および幸福追求に対する国民権利として理解する場合でも同様であり、平和的生存権をもって憲法上各個人に保障された具体的権利ということはできない(福岡高裁那覇支部平成8年3月25日判決 判例時報1563号26頁)。
 この判決に対して県知事は最高裁に上告したが、最高裁は1996年8月28日、平和的生存権にふれることなく職務執行命令を認める判断をくだした(最高裁平成8年8月28日 民集50巻7号1952頁)。


(5)湾岸戦争90億ドル支出訴訟・掃海艇派遣訴訟 
 いわゆる湾岸戦争に関連する戦費支出の差止と、戦争終了後の海上自衛隊掃海艇ペルシャ湾岸派遣の差止を求める訴訟においても平和的生存権の権利性が争われた。
 東京地裁は1996年5月10日に原告の請求を棄却し、「平和」とは理念ないし目的としての抽象概念であり、ひとり個人の内心において達成しうるものではなく、常に他者との関係を含めて初めて達成しうるものであり、これを達成する手段方法も多様であるから、「平和のうちに生存する権利ということからただちに一定の具体的意味内容が確定されるものではなく、それを実現する手段・方法が特定されるわけでもない」として、平和的生存権が違憲違法確認や差し止め請求を求める具体的権利であるとか、具体的訴訟においての違法性の判断の基準となるといったような裁判規範性を有する独立の権利ということはできないとした(東京地裁平成8年5月10日判決 判例時報1579号62頁)。
 その控訴審である東京高裁も1997年7月15日に地裁の判断を支持した。
 この訴訟は、90億ドル支出と湾岸戦争後の掃海艇派遣に関する訴訟であり、自衛隊が現に進行している武力行使に参加するものではなかった。

  これに対してイラク自衛隊派遣訴訟は、イラク戦争という国際法違反・憲法違反があまりにも明白であり、かつ航空自衛隊が今も戦闘地域に対する輸送を続けているという事態に対する訴訟である。この事態に対しての平和的生存権の行使は、新たな視点から検討されなければならない。



第二 改めて平和的生存権の構造について
 1 平和的生存権否定の論理
 第一審判決は、百里基地事件の水戸地裁判決以来の平和的生存権否定の論理を踏襲して、平和的生存権の具体的権利性を否定した。
 その発想は、「権利」=実定法上の権利=裁判規範、というモデルにある。このモデルは、権利とは実定法規範によって個人に一定の個別的具体的な内容の利益が認められ、それによって個人が相手方(その利益の実現の義務を負う者)にその実現を要求する力を与えられたときに成立するという。そしてその実現が妨げられたときには、裁判によってその実現が保障するというものである。したがって、「憲法上の権利であっても実定法すなわち法律によって認められていないものは権利ではなく、これを裁判によって保障される道はない」という考え方に立っている。
  このような考え方は、憲法によって保障されながら、ときの支配勢力が認めないものはすべて「権利ではない」としてしまう。憲法が保障しているはずの権利を「法律の認める限度内においてのみ承認する」という誤りを犯している。
 憲法が保障する人権、とりわけ憲法制定権力が憲法の根本原理として定める原理に関する権利は実定法上の規定がなくとも、裁判による救済・確保を求めることができるというべきである。現行訴訟法体系がそのための訴訟類型を設けていないとすれば、その実現のための訴訟の成立には大きな困難が伴うであろうが、現行法上の訴訟類型または権利カタログの中にある類型を類推し最も近い類型を用いながら、その実現をはかることが憲法の番人である司法の使命である。

  ドイツの1919年制定のワイマール憲法に関して、当時のドイツ憲法学者であるカール・シュミットは、同憲法前文に書かれた「『ドイツ国民はこの憲法を制定した。』とか『国家権力は国民に由来する』とか『ドイツ国は共和国である』などの文言は決して法律ではなく、したがって憲法律でもない。それらはまた概括規定とか基本原則というものでもない。だからといってそれらは何か価値が低いものとか、無視していいものでもない。それらは、法律や規定以上のもの、すなわち、ドイツ国民の政治的存在形式を決定し、憲法律の諸規範を含むその他一切の規範の基礎的な前提をなすところの具体的な政治的決定である。ドイツ国内において存在する法律的なるものとか規範的なるものとかに関するものはすべてこの決定にもとづいてのみ、かつその枠内でのみ妥当する。これらの決定は憲法の中核をなしている。」と述べている。
 平和的生存権の権利性を否定する大西芳雄教授は、こうした論説を引用しつつ、日本国憲法前文は、本文各条項の解釈基準をなすと結論づける。
 そして大西教授は、「本文(各条項)に欠缺がある場合には前文が直接適用される」、しかし「具体的にはそうした欠缺があるとは考えられないから、実際にはその問題の起こる余地はない。」と述べている。つまり、前文が直接に適用される場面がありうることを認めているのである。

 一方、平和的生存権を肯定する諸説も、大西説とさほど異ならない。
 星野安三郎教授は、日本国憲法の三つの原理、国民主権・基本的人権の尊重・永久平和主義の統一的な原理として平和的生存権を保障する規範の全体、「平和国家の憲法」をとらえることができるとした。
 高柳信一教授は、平和が永久に志向・創造さるべき人権中「最大不可欠の基礎条件」としての人権であり、代表者(多数決の論理)の政策のまにまに侵害されない優越的価値として法的に確保さるべきことを説く。
 いずれも平和的生存権を裁判規範として肯定する説であるが、前文に示された平和のうちに生存する権利は、憲法全体を貫く最上位価値であるとする点で、裁判規範としての平和的生存権に否定的な大西説と変わるところがない。

2 憲法前文の規定は明確である

 いま一度、日本国憲法前文の平和的生存権を示す段落をみてみよう。

 ←左の画像に示されたとおりである。

  この段落を虚心坦懐に読めば、憲法が最上位規範としている平和の維持、永久平和主義が民主主義とあいまって実現されるものであり、平和的生存権とはまさに憲法制定権力をもって憲法の根本的価値を定めた国民の平和を求める行動の権利であると容易に理解できる。

 そして、憲法前文は、国民主権原理についても述べている。

 ←左の画像に書かれたとおりである。

 このように憲法前文では、国民主権主義についての宣言が先にでているが、そのなかでも「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおきることのないようにすることを決意し」「ここに主権が国民に存することを宣言」するとは何を意味するのであろうか。まさに国民主権の目的が平和主義の維持発展のためにあることを宣言しているものである。

 平和的生存権の内容について大きく深化させた深瀬忠一教授は、平和的生存権の態様として、①自由権的態様、②参政権的態様、③社会権的態様があると提唱した。
 ①「自由権的態様」とは、戦争軍備戦争準備からの自由としての権力的侵害抑制を排除する権利である。
 ②「参政権的態様」とは戦争軍拡に反対ないし抵抗し、または平和な世界を作り出すために、国家行為に能動的に参加ないし影響を及ぼす権利である。
 ③「社会権的態様」とは国や地方公共団体の公権力の積極的発動によってよりよい「平和的生存権」の確保・拡充措置をとらせる権利である。

 上記にいう「参政権的態様」とは、結局国民主権の表れであり、憲法制定権力をもつ国民が政府の行為によって憲法が侵害されているとき、その是正を求めるという当然の権利を行使するものである。
 小林武教授は、「公権力の実施する政策を違憲と考える個々の市民が、憲法上保証された裁判への権利を武器として『原告』という、一人一人が自らの姿を顕現させる形でその是正を求めることは、疑いもなく主権者にふさわしい行為である」としている。
 違憲法令審査権を裁判所が有することは、日本国憲法では明文の規定があるが、アメリカにおいてはもともと憲法にない考え方であった。1803年3月24日のマーベリー対マディソン事件最高裁判決において、ジョン・マーシャル裁判長が適用したものであるが、司法審査権をアメリカ憲法に内在する原理であるとした。これが踏襲され、アメリカ合衆国ではゆるぎないものとなっているし、日本国憲法のように継受された国もある。平和的生存権が国民主権原理と結びついて、国家の行為に対する国民の違憲状態解消を求める訴権として機能することは日本国憲法に内在する原理であり、憲法の中の最上位価値を定めた前文の中にある平和的生存権を実現させることこそ、憲法の要求するところである。







(5)司法の使命、裁判官の責務
                     弁護団長  辻 公雄

 
今回提出の「準備書面6」に沿って弁論する。

一、イラク派兵による被害

  イラク派兵は控訴人らに対して、その魂や人格の核を大きく傷つけ、怒り、悲しみ、絶望、身体の変調、この上ない精神的苦痛を与え、ハッサンは占領の混乱の中で現実に命を狙われ、国内にいられなくなっている。

二、憲法違反と憲法の破壊
  これらの原因となっているイラク派兵は、明らかに憲法に違反しており、憲法の中枢を破壊し、憲法は息もたえだえで死滅寸前にある。
  そのため、国民は憲法で構築されたはずの安全な生活環境を奪われており、その回復を求めて社会にそして司法に訴えるに至っている。

三、憲法の予測外の事態への対応
  憲法を改正しないまま憲法を蹂躙し、主権者を痛めつける状況が発生することは憲法も司法も予想していなかったともいえる。
  憲法制定権の具体化した憲法改正の可否を決定する控訴人個々人の国民投票の権利という具体的権利を侵害しているものといえる。
  これも本訴訟における根拠となる控訴人の権利として主張する。
  憲法前文にある国民主権を侵害するものとして排除される場合に該当するのではないであろうか。
  少なくとも憲法に欠缼のある場合として、ほとんどの学説が認める前文が規範化される場合に該当する。

四、人間として正面から
 1,控訴人の悲しみ・苦悩は、意見の差からくる単なる個人の問題というのでしょうか。
 2,憲法や平和、環境、命など俺達には関係ないというのでしょうか。
 3,過去の歴史を引き継ぎ、未来へつなぐことを使命とする、現在生きている者として傍観していてよいのでしょうか。
 4,公務員としての憲法尊重義務を担う者として、裁判官として法令審査権を国民から信託されている者として、できる範囲のことはしていただきたい。

五、最後に
 1,国民の目を遮断し、危険な行為を続ける国に対し、文書を提出させることは、主権者に対する最低限の義務だと思います。
 2,憲法が死滅しつつあり、その回復のため国民が裁判所へ熱い視線を向けている状況下で、憲法と良心に従った裁判官の思いがわかる審理と判断をお願いしたい。

※上記の弁論が終わった後、裁判長が「証人尋問、原告本人尋問、文書提出命令の申立を、いずれも却下する」と述べたので、弁護団は裁判官を忌避しました。 これにより審理審理は停止しており、次回の口頭弁論の期日は決まっていません。

→自衛隊イラク派兵差止訴訟ホームページ












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